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○。革命の堕天使たち―回想のスターリン時代   アイノ・クーシネン 坂内知子訳



平凡社 (1992/06)
アイノ・クーシネンの記録は、1918年から1965年まで、つまりレーニンの時代からフルシチョフ失脚までの時期にわたる。この40年の間に、彼女はソヴィエト連邦と国際共産主義運動の中で、大きな振幅をもった生活体験を重ねてきた。
運命の気まぐれは、彼女を目も眩むような高みから底なしの淵へと、エリート支配者の生活から強制労働収容所の囚人生活へと運んでいった。
これは小説ではなく アイノ・クーシネンと言う女性の人生の記録です
読み物としては 独りよがりの部分も多くこの評価ですが 社会的な資料としてや当時のソビエトの内情を知りたい方には ☆5の内容だと思います


ソビエトのレーニンの時代からフルシチョフ失脚までの時代
エリート支配者層の生活から 一転、日々死の恐怖と戦う収容所生活

当時のスターリンの大粛清が これほどのものだったとは…
1937年と38年に粛清された人の合計が約78万人 第17回大会の中央委員140人のうちでも、無傷で残ったのはわずか15人という常軌を逸したものだったそうです 
主要構成員をこれだけ粛清して 首脳部がまともに機能したとは思えませんよね



1922年にコミンテルンの主要人物のひとりであったオットー・クーシネンと結婚
自らもその運動に関わり 1931年から2年間アメリカに派遣 1934年から1937年(1935年に一時帰国)日本にスパイとして派遣されている(日本では「北欧の女流作家」として新聞に取り上げられたり、皇居の園遊会にも参加している 彼女がスパイであったことは戦後まで知られなかった)

1938年にソビエトに呼び戻され粛清の犠牲となり 8年間 厳寒のヴォルクタ強制収容所で生活ののち釈放 1949年再逮捕 4年間再びポチマ強制収容所に送られる
スターリンの死の2年後 1955年10月に釈放

1965年2月 前年にオットー・クーシネンが死去した事で、国外への出国が認められ
故郷 フィンランドへ出国 2度とソビエトに帰ることはなかった

1970年死亡 この回想記は1966-67年に執筆 
著者の死後 1972年に刊行されました


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