記事一覧

☆ 本格小説  水村美苗

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
。                       。。。。。。。。。。。。。。。。。。
                新潮社 2002年9月                                         
ニューヨークで、運転手から実力で大金持ちとなった伝説の男・東太郎の過去を、祐介は偶然知ることとなる。伯父の継子として大陸から引き上げてきた太郎の、隣家の恵まれた娘・よう子への思慕。その幼い恋が、その後何十年にもわたって、没落していくある一族を呪縛していくとは。まだ優雅な階級社会が残っていた昭和の軽井沢を舞台に、陰翳豊かに展開する、大ロマンの行方は。
 
生涯の恋に破れ、陰惨なまなざしのままアメリカに渡った東太郎。再び日本に現れた時には大富豪となっていた彼の出現で、よう子の、そして三枝家の、絵のように美しく完結した平穏な日々が少しずつひずんで行く。その様を淡々と語る冨美子との邂逅も、祐介にとってはもはや運命だったような…。数十年にわたる想いが帰結する、悲劇の日。静かで深い感動が心を満たす超恋愛小説。
「母の遺産」に続き 連続の水村作品ですが これも強烈な印象です
 
お話は 大きく三つに分けられ 
“「本格小説が始まる前の長い長い話」とい銘打たれた 水村美苗という作家が知る東太郎と、祐介という青年が彼女にこの物語を運んでくる話” そして“祐介の体験した事” そして“冨美子さんが語る物語”
この“冨美子さんが語る物語”の「嵐が丘」を彷彿させる恋愛小説が軸になっています
 
この恋愛小説自体は“良質な古典の大恋愛小説”という感じのもので ストーリーは特に変わったものではないのだけれど 作家の表現力が凄いのかワープするがごとく戦後の上級社会の中に連れて行かれます
恋愛小説が苦手なのでそういう部分ではのめり込めませんでしたが^^; その世界観にはどっぷり嵌らせていただきました
 
ただ・・・
「本格小説が始まる前の長い長い話」は必要なの? この本の中でこの部分がどういう位置を占めるのかが 私にはどうしてもわからない  ここまで長いページを割いて入れなくてはいけない必然があるのでしょうか  もちろん、作家さんにとっては必要だからこそこういう形になっているのでしょうが・・・
「母の遺産」の時に感じた 作者のエゴイスティックな部分を感じるのは私だけなのかな^^;
 
それと もうひとつこの本の中でとてもそれを感じたのが 「本格小説が始まる前の長い長い話」の最後の部分で作者が語る日本近代文学と私小説の話  大学で日本近代文学の教鞭をとってられる方に僭越だけれど どうしても納得できないんだよなぁ・・・ この部分は 作者の小説に対するそして日本語(日本)に対する考えがよく表れていると思うので 彼女の小説を読む上でとても参考になると思います
 
私には毒を感じつつ強烈に惹きつけられる作家さんですね^^;
 
 
=====追記=====
 
今日 東太郎のモデルになったという大根田勝美氏の本を読みました
大根田氏もあとがきで書かれていたのですが この小説で彼のことを日本人ではないと思う方が多くいらして それを訂正したいという意図もあったとの事
水村さんの姿勢が 実在の人物を描かれる作家としての心配りに欠けているように思えてなりません 小説本体はしょうがないと思いますが あとがきなどで モデルはありますが物語はフィクションである旨を強調するべきでは?と思うのですが 反対に読者が誤解することを促すような描き方をされているように感じました
そういうのって嫌だな・・・
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

にゃ~ご

Author:にゃ~ご
読んだ本を忘れないよう 備忘録^^; TOP写真はパリの本屋さんです♪

管理メニュー

カテゴリ

ブロとも申請フォーム