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◎ 西行  白洲正子



新潮社; 改版 (1996/5/29)
ーねがはくは 花のしたにて春死なむ そのきさらぎの 望月の頃ー
23歳で出家し、1190年2月73歳で寂すまで平安末期の動乱の世を生きた西行。
その漂泊の足跡を実地にたどりつつ、歌の読み込みに重点を置き、ゆかりの風物風土の中で味わうことによって自ずと浮かび上がってくる西行の人間的真実。
待賢門院への思いなど、謎に満ち、伝説化された歌聖の姿に迫り、新たな西行像を追求する。
私の知識がないので◎評価ですが 知識があればもっと面白く読めたと思います

とても白洲正子さんらしい西行への迫り方 知識だけでなく自分で足を運び 自分の目で見 その空気を感じ 自身のすべてで西行を感じようとしてらっしゃる
彼女の感性で探り当てた『西行』は 大きくは逸れていないのではないでしょうか…

-西行は 宗教家である前に「詩人」であり、詩人である前に自分の魂の行方をどこまでも追及しようとした「人間」であった。ー


彼女のたどり着いた西行の庵 彼女の文章や写真からその空気のかけらを感じながら読む西行の句は また違った彩を見せてくれる

一番興味深かったのが『崇徳院』に関わる『讃岐への旅』
三田誠広さんの西行では これほど崇徳院との交流があるとは思わなかった
ここで見る『西行』は この当時、誰もが関わろうとしなかった『崇徳院』に何度も歌を送り 亡くなった後も讃岐まで追悼の旅に出ている(いくら出家の身とは言え この当時崇徳院に関わるのは危ない事だったと思うのだけれど…)
ーここをまた われに住み憂くて浮かれなば 松はひとりに ならんとすらんー
亡くなった人にですら 自分が立ち去るとひとりになってしまう と思いを寄せる姿

そして もうひとつ印象深かったのは 西住という同行(弟子であり親友でもあったらしい)の死に際しての歌
ーもろともに 眺め眺めて秋の月 ひとりにならん ことぞ悲しきー
ーこの世にて また逢ふまじき悲しさに 勧めしひとぞ 心乱れしー
あまりにストレートな悲しみの表現は 心からの想いがほとばしるよう…

これが西行の魅力なんだろうなぁ…


他にも 待賢門院の女官たちとも女院が没してからも長く交流があったようだし 多くの人に好かれていたみたいですね…
そもそも「北面の武士」ということは見た目も良かったと思われるし 蹴鞠の名手、流鏑馬の達人 歌を詠ませれば話題になる 
文武両道、容姿端麗 人に好かれてそつがなく情に厚い
悪い所ないやん


白洲さんの後記の言葉…
彼は空気のように自由で、無色透明な人間なのである。したがって、とらえどころがないばかりか、多くに謎に満ちている。おそらくそれが最大の魅力なのであって、亡くなってすぐの頃から物語や絵巻物が作られ、今に至るまで西行についての論文や伝記のたぐいは列挙にいとまもない。資料は山ほどあるのである。私は手に入るかぎりの本に目を通してみたが、西行の謎は深まるばかりであった。もちろん学者の中には綿密な考証を行った方たちがおり、少なからずお世話になったことは事実だが、考証と人間の本質とは違う。結局西行という人間は、自作の歌の中にしか生きていないことを知ったのは、連載を何回かつづけた後で、そんなことも実際に書いてみないと解らない事であった。

『西行』…奥が深いですね ぼちぼちと彼に関わる本を読んでいきたいと思います



そして最後に特筆したいのは
この 山ほどの本や資料に目を通し 西行が居た地まで足を運び(庵を探して山を歩き回ったりとこれがなかなか大変なのです)その空気の中で彼の歌を感じる… 
この本が出たのが白洲さん78歳の時ですから その作業をしたのはその少し前だと思われます
70代半ばでこのパワー 恐るべし白洲正子さん ですね…
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コメント

No title

白洲さんは濃密すぎて「ちょっとなあ・・」という感じを昔から持っていましたけれど、西行ならありかも。この本は読んでみよう♪
西行とくれば、人造人間の話ばかりしか思い至らない「伝奇頭」の私ですけど、彼自身のこれまた(濃密さ」がそういったオカルト的な伝説も産むのでしょうね。

No title

☆乱読さん
白洲さんは濃密すぎ ですか… 解るような気がします(*^m^*)

「西行とくれば、人造人間」これ、知りませんでした!!
まるで錬金術ですね!

西行も濃密ですか? これから少しずつ関連本を読んでみたいと思います(撰集抄で人造人間の作り方も勉強しよかなw)

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